え、あの人海外いたの?海外で地味にレベルアップしていたJリーガー3選

近年、日本人選手の海外移籍が盛んになっている。
以前は、中村俊輔、柳沢敦、高原直泰など、2000年代前半はJリーグで十分な実績を残し、日本代表に名を連ねるレベルになった上で、さらなるステップアップとして、海外に移籍するという流れがあった。
しかし、2000年代後半以降、特に本田がVVVで大活躍をし、香川がドルトムントでブレイクして以降、より多くの日本人が海外でプレーするようになった。
その中には、まだ日本で代表に入ったことがないような選手も多く、当然ながら、それだけ海外に行けば、帰ってきてJリーグでプレーする海外経験のある日本人も増えることになる。
しかし、海外からJに帰ってきて、以前Jでプレーしていた時よりプレーが大幅に進化した選手たちがいる。今日はその中で特に大幅な変化を遂げている3人を紹介したい。

1 金崎 夢生

一人目は鹿島のFWで今季10ゴールを記録した金崎夢生。
今シーズンの2ndステージからは調子を落としているが、昨シーズンから鹿島の攻撃を牽引していて、日本トップクラスのFWであることに異論はないだろう。
どこからでもゴ-ルを狙う強気なプレー、ボール際で一歩も引かない闘争心で、相手の脅威となる。
しかし、鹿島以前の金崎を見たことがない人はびっくりするかもしれないが、金崎は大分、名古屋時代はトリッキーなプレーで相手を欺く典型的なテクニシャンタイプだった。
DFとの1対1で、シザースや股抜きを駆使して相手を抜きにかかることをプレーの主としていた。
その一方で守備で頑張る選手でもなく、ゴールやアシストを多く残すわけでもなかったので、チームへの貢献度という視点では、高い評価は受けていなかった。
そんな中、彼は、当時清武が所属していたドイツのニュルンベルクに移籍。しかし、ほとんど試合に出れず、半年でポルトガル2部のポルティモネンセの移籍。そこで、金崎は結果を出す。最初のシーズンは30試合7ゴール、翌シーズンは鹿島に移籍するまでの17試合9ゴールを記録していて、2シーズン目は10番も背負っている。

そして帰ってきたら今のようによりたくましく、よりストレートにゴールに向かうプレーをするようになっていた。
下の記事ではポルトガル時代の自分をこう語っている。

ただ、僕は向こうでとにかく必死にやってきた。試合に勝ちたくて、そのためにどうしたらいいかを考えた結果、体をぶつけてキープしなきゃいけないと。それを一生懸命やってただけ。
金崎夢生が語る異国での2年間…ポルトガルで再認識した二つの原点とは

この言葉が金崎の変化を象徴している。

2 阿部 拓馬

2人目はFC東京所属の阿部拓馬。
彼が海外に行っていたことを知らない人は多いのではないだろうか。
彼は東京Vで2シーズン、16ゴール、18ゴールと結果を残し、ドイツ2部アーヘンに移籍。アーヘンでは2シーズンほとんど試合に出場せずに甲府に復帰。そこで主に中盤の左サイドで甲府の攻撃を牽引。シーズン後に川崎や広島などが阿部を狙い争奪戦になり、最終的にはFC東京が獲得した。
阿部は海外に行く前は、典型的なゴールゲッターだった。裏に抜ける、こぼれ球を押しこむ、クロスをヘッドで狙う、などの多くの形でゴールを揺らした。ただ、それでもJ1からオファーは来ていなかった。それは阿部のスタイルではJ2ではゴールを量産できてもJ1では活躍できないとJ1のスカウトが考えたからだろう。
アーヘンではどのような日々を過ごしたのかはわからないが、阿部拓馬のゴールを1つだけ見つけた。左足でファーに巻いたすばらしいゴールだ。

これ以外阿部のアーヘン時代のプレーはわからないので、アーヘン時代について語れることはない。
阿部が甲府に移籍してからは、獅子奮迅の活躍だった。東京V時代のようにゴールを目指す役割ではなく、サイドハーフとして使われていたが、献身的な守備や力強いドリブルからのクロスやシュートでチームを支えた。甲府では守備的なサッカーをせざる得なかったことは確かだが、東京V時代の彼では甲府時代のプレーはできなかったことは間違いないと思う。甲府での彼は低い位置から持ち上がり、シュートやクロスで攻撃をやりきっていたので、今のマリノスにとっての斎藤学と同じような存在だった。その証拠にシーズン5ゴールでもJの強豪がこぞって阿部を欲しがったのだ。
彼も確実に海外で能力を上げて帰ってきた選手の一人だ。

3 田坂 祐介

3人目は川崎の田坂だ。
田坂は、大卒で川崎に加入。トリッキーなドリブルと正確なキックを持っていて、2年目からレギュラーとしてプレーしていた。ただ、川崎時代は、ジュニーニョなど強力なブラジル人アタッカーの陰に隠れて、あまり目立つ存在ではなかった。ゴール数もシーズン2、3点で数字も残してはいなかったし、代表候補にも上がったことはなかったはず。それだけにボーフムへの移籍は驚きだった。
ボーフムでは、3シーズンほとんどをレギュラーとしてプレーし、2年目からは10番ももらっている。ゴールは毎シーズン3点で、多くのポジションをやっていたようである。
ボーフム時代のプレーがいくつかまとまった動画を発見した。

あくまでこの動画だけだが、大柄なドイツ人とバチバチやっていたことがわかる。
川崎に帰ってきてからは、攻守両面に1対1の強さやキープ力が以前よりあがっていたのも納得だ。
さらに、ボーフムで多くのポジションをこなした経験からか、今は、3バックの一角で出場していて、かつ安定したプレーを見せている。よりドイツでプレーの幅を広げたたことは間違いない。
年齢は31といえど、代表に入っても全くおかしくない実力にある。
田坂も海外でレベルアップして帰ってきた一人だ。

 

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